大船遺跡@北海道

北海道
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2026年の北海道旅行で訪れた縄文遺跡のひとつ、大船遺跡(おおふねいせき)を紹介します。

大船遺跡は、2021年に世界文化遺産へ登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産のひとつ。函館市に位置し、縄文時代中期(約5,500〜4,000年前)に約1,500年にわたって営まれた大規模な集落跡です。

今回の北海道旅行では、北海道・北東北縄文遺跡群を中心に5つの縄文遺跡を巡りました。その中でも大船遺跡は、縄文人の暮らしを具体的にイメージできた遺跡のひとつでした。

大船遺跡

大船遺跡は、函館市にある縄文時代中期の大規模集落跡です。

1996年以降の発掘調査により、100棟以上の竪穴住居跡や大型住居跡が見つかりました。2021年には「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つとして世界文化遺産に登録されています。

約1,500年という長い期間にわたって人々が暮らしていたことからも、この土地が縄文人にとって暮らしやすい環境だったことがうかがえます。

実際に大船遺跡を歩いてみた

なぜここに大きなムラができたのか

遺跡を歩いていると、
「なぜ縄文人はここにムラを作ったんだろう?」
という疑問が浮かびます。

遺跡の近くを流れる大船川には現在でもサケが遡上するそうです。

さらに、海が近く、周囲には豊かな森が広がっています。

魚が獲れて、木の実が採れて、動物もいる。
実際に現地の景色を見ていると、「ここなら住みたくなるな」と思える環境でした。
約1,500年も同じ場所で暮らし続けた理由が少しわかった気がします。

深さ2メートルの巨大な竪穴住居に驚く

大船遺跡で個人的に一番印象に残ったのが、竪穴住居の深さです。

「竪穴住居」と聞くと、地面を少し掘った程度の家をイメージしていました。
ところが大船遺跡では、深いものだと約2メートルも掘り込まれています。

実際に見るとかなりの深さで、
「こんなに掘るの!?」
と思わず足を止めてしまいました。

なぜここまで深く掘ったのかというと、火山灰層の下にある固い地盤まで柱を固定するためと考えられているそうです。
また、地面を深く掘ることで保温効果もあったのではないかといわれています。

北海道の気候に合わせた、縄文人の知恵だったのかもしれません。

住居から見える縄文人の暮らし

住居跡を見ていくと、同じように見えて意外と違いがあります。

住居の形には小判形や船形があり、時期によって構造も変化していたそうです。

たしかこれが船型。左奥部分が住居の奥で少し尖っている

住居の中にも面白い発見があります。
住居の奥には祭壇のようなスペースがあり、木柱が立っていたと考えられるものや、くぼみだけが残っているものもあるそうです。

こちらの住居では、発掘調査で祭壇部分に柱穴が見つかっており、その様子が復元されている

暮らしの場でありながら、祈りの場も合わさった空間だったんですね。

また、住居内に設けられた炉にも違いがありました。
寒い時期の住居では炉が大きく、温暖な時期になると小さくなる傾向があるそうです。

大きい炉
小さい炉
わかりづらいけど真ん中の石で囲まれているのが炉

約1,500年もの長い歴史を持つ大船遺跡。その間には寒い時期も暖かい時期もあったようで、炉の大きさから気候の変化が推察できるというのは驚きでした。

縄文時代の人々も、気候に合わせて暮らし方を工夫していたことが伝わってきます。

ハシゴにも工夫があった

説明を聞いていて面白かったのが、竪穴住居に出入りするためのハシゴです。

住居の入り口付近にある穴の数や大きさから、一本の木に足を掛けるための切り込みを入れたタイプや、二本の木を使ってハシゴ状にしたタイプがあることが推察されていること!

普段なら見逃してしまいそうな部分ですが、こうした細かな工夫を知ると縄文人の暮らしがぐっと身近に感じられます。

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北海道に栗を持ち込んだのは縄文人?

現地で聞いていて特に印象に残ったのが、クリの話です。

実は、クリはもともと北海道には自生していなかったと考えられているそうです。

そのため、東北地方との交流の中で持ち込まれた可能性があるとのこと。さらに、縄文時代の中でも比較的温暖な時期には、北海道でも育つようになったと考えられています。

北海道と東北の交流を感じるエピソードでした。

大量の石皿

大船遺跡からは大量の石皿も見つかっています。石皿は木の実などをすりつぶすために使われた道具と考えられており、食料が豊富で、人々がこの場所で長く定住しながら暮らしていたことを物語っています。

盛土遺構にも注目

大船遺跡では「盛土遺構」と呼ばれる特徴的な遺構も見つかっています。

食べ物の残りや壊れた道具などが土とともに積み重なってできたものですが、単なるゴミ捨て場ではなく、何らかの意味を持つ場所だったとも考えられています。

縄文人の精神文化を知る手がかりとしても注目されているそうです。
暮らしの跡だけでなく、人々の考え方や祈りの世界にも触れられるのが大船遺跡の魅力だと思います。

また、遺構からはクジラやオットセイの骨も見つかっています。
サケの話だけでも十分すごいのですが、クジラやオットセイまで利用していたとは驚きです。
オットセイの骨が見つかっていると聞いて、「オットセイって美味しいのかな…?」と素朴な疑問が浮かびました。

縄文人の食卓を再現したら、想像以上に豪華だったのかもしれません。

アクセス

🗺️住所:〒041-1622 北海道函館市大船町575−1
📍 アクセス:函館空港から、車で約40分

北海道の観光地や縄文遺跡は点在しているため、レンタカーでの移動がおすすめです。

世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」

大船遺跡は単独で世界遺産になったわけではありません。

北海道・青森県・岩手県・秋田県に点在する17の縄文遺跡で構成される「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つです。

縄文時代の定住生活や精神文化を今に伝える貴重な遺跡群として評価されています。

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まとめ

深く掘られた住居、サケが遡上する川、そして東北から運ばれたかもしれないクリ。

遺跡を見ているうちに、縄文人の暮らしが少しずつ身近に感じられてきます。

大船遺跡は、世界遺産という肩書きだけでなく、「縄文人ってどんな暮らしをしていたんだろう?」という疑問に答えてくれる場所でした。

函館を訪れる際は、ぜひ近くの垣ノ島遺跡とあわせて訪れてみてください。北海道・北東北の縄文遺跡群を巡る旅の魅力を、きっと実感できると思います。

この記事の情報は訪問時点のものです。実際に訪問される際は、最新情報を検索ください。また、縄文時代の真実は縄文人に聞かないとわからない(誰もわからない)ので、色々な説があるものが多いですし、その説も研究によって変わることがあることに留意してください。

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